ほろんの郷について

法人名・施設名の由来

法人名

社会福祉法人伊呂波福祉会

最初に開設したほろんの郷麻生の前を流れる『いろは川』よりとりました。「いろは」は事の初めであり、創意工夫を意味しています。宇佐の障がい者福祉は、ここから始まりますの気概を持って命名致しました。

施設名

ほろんの郷

ギリシャ語の、ホロス(全体)とオン(個)という言葉を合わせた、イギリスの小説家、アーサー・ケストラーの造語です。
ほろんの郷の利用者の一人ひとりが個性を発揮しながら、全体とも調和がとれている、そんな施設を目指しての故・佐々木均太郎氏の命名です。

命名

(故)佐々木 均太郎 氏

万葉集の大家

大分大学名誉教授・別府大学教授


(法人設立当初、理事長が障がいのある人でも万葉の歌人のような夢とロマンのもてる施設名を付けて頂くことをお願いし、出来たのが「ほろんの郷」です。)


ほろんの郷シンボルマークについて

このシンボルマークは、日本漫画界の草分けでここで生まれ育った漫画家「麻生 豊」の代表作ノンキナトウサンの息子只野凡児です。
 麻生豊は明治31年、宇佐市大字麻生307-1(ほろんの郷麻生所在地)で生まれ17才で上京、洋画・漫画を学び、大正12年報知新聞社に入社し、国会付漫画記者として政治漫画で筆をふるいました。この年の9月に関東大震災があり、麻生に「打ちのめされた被害者の人心を慰める、東京を明るくする漫画を一面に描け」と社命が下り、「ノンキナトウサン」が生まれました。当時24才の若さでした。
 倒壊した家の下から「おーい」とトウサンの明るい声、いつでも明るい「ノンキナトウサン」はたちまち人気者となり、70万部が売れ大ヒットとなりました。トウサン人形・公告手ぬぐいなどのグッズが作られました。
 麻生豊は、自然に抱かれた故郷麻生を愛し、描く漫画はどれものどかで人の思いやりに満ちあふれ、いきいきと生きる人間を描き続けました。発表後85年経った現在でも、その作品は笑いや共感を呼び、心に語りかけてきます。
 その作品の底辺を流れる、麻生豊のヒューマニズムを形成したこの自然が『ほろんの郷』の心です。
 どんなにつらい時でもお互いに助け合い、明るく夢や希望を持って頑張ろうと思うトウサンの息子「只野 凡児」をシンボルマークにしました。

ほろんの郷の歌

作詞・作曲 しいの 実(クラウンレコード)
補作 麻生 浩一郎(ビクターレコード)

1. 

空にそびえる 高尾山

清く流れる いろは川

自然あふれる 麻生の郷に

みんな仲良く 手をつなぎ

自立をめざして 歩こうよ

ほろん ほろん

ほろん ほろん ほろん

ほろんの郷で

2.

家は木作り 木のかおり

屋根はオレンジ 夢の色

笑顔こぼれる 麻生の郷に

一人ひとりが 個性出し

明るく楽しく 歩こうよ

ほろん ほろん

ほろん ほろん ほろん

ほろんの郷で

3.

つらいときには 助け合い
笑う時には わかち合う
歌も流れる 麻生の郷に
足をしっかり 地につけて
やさしく大きく 歩こうよ
ほろん ほろん
ほろん ほろん ほろん
ほろんの郷で